ブリュッセル通信
HOME > ブリュッセル通信> 第4回【「えー、椅子はどこ?」】
BACKNUMBER
「萌えるベルギー」
山根悟郎のベルギー音楽事情


イントロダクション〜前書き
山根悟郎のプロフィール
 

 

ブリュッセル通信 山根悟郎

 「萌えるベルギー」山根悟郎のベルギー音楽事情 #004

-第4回:遅ればせながらニューイヤー
 
 もうとっくに2月であるが、気が付けば2006年である。新年最初のクラシック音楽というとニューイヤーコンサートである。もちろんウィーン・フィルによる1月1日のものが最も有名だが、最近では世界の各都市でも、そして私の住むベルギー、ブリュッセルでも行われているようである。毎年行われているのかどうか、と言う点まではわからないが、ともかく今年の年明けには、フランダース・ラジオ・オーケストラによる「ニューイヤーコンサート」があり、ウィーンと同様シュトラウス中心のコンサートが行われた。1月11日、会場はかつてラジオ局だったフラジェという新しいホール。

ウィンナワルツ  ウィンナ・ワルツというと、伝統的に言って、楽譜通りではない変わったリズムが有名である。すなわち二拍目がやや早く、三拍目は遅く演奏するのである。といってもそれは単純に計測出来るものでもないらしく、早すぎるとか、いやそれでは遅すぎるとか、紙一重なまでの微妙な違いがあるようだ。また曲の間中、変わらずにリズムがずれているわけでもない。ウィーンの演奏家に言わせると「ちゃんとそのリズムを体得出来れば一人前」なんだそうで、え?何?君できないの?野暮だね、イカだね、と留学生は酒の席で必ずやられるのだそうだ。であるから、普段はウィーンなんて所は単なる片田舎だねフンと思っているような人でも、ウィンナ・ワルツをやるとなるとそれはもう、大騒ぎなのである。多分。

 そこで私はこのコンサートに行くに当たり、一つの事に関心を抱いていた。つまり、ベルギー人中心のオーケストラが果たして、ウィンナ・ワルツの奇妙にひねくれたリズムを忠実に再現して演奏するのか?できるのか?という点である。そこで勝手に想像をふくらませたわけだが、彼らの間でも大いに紛糾したに違いないのである。つまり、俺たちはベリギー人なわけだけども、ウィンナ・ワルツのアレをどうする?ともめたに違いないのだ。やる派と、やらぬ派に分かれて侃々諤々、朝日が昇るまで連夜、ビール片手に大舌戦があったに違いないのである。

 私の想像するに、やる派の言い分というのは、ま、例えば以下のようなものであろう。ウィーン人が誇りを持って守ってきたその伝統に敬意を払い、自分たちの演奏もそこまでは完璧に出来ぬとしても、最大限の努力は払うべきではないか?それに楽譜通りではないというのはほら、滅多にあることじゃないし、退屈しないしいー云々。それに対して、やらぬ派の意見とは何か。どうせどんなに努力しても「違う」と彼らに鼻で笑われるような事柄に努力を払う必要はない、そもそも我々は彼らウィーンの音楽家の独善と選民思想にはほとほと参っているのだ。それに一体あのリズムは誰が始めたのか、歴史的証拠によるともともとは正確な三拍子であったと言うではないか!等々。

 だが仮に恐ろしい対立があったとしても、それがためにコンサートを中止するわけにはいかない。生傷に包帯を巻いてでも、責任を持ってやり通さねばならぬ。そこで最終的には、難しい顔をして腕を組みながら議論の紛糾を見守っていた指揮者が、朝の雀のさえずりをバックにようやく、重々しく「やりましょう」あるいは「今回は見送ると言うことで」と発言して決する。不満の、あるいは喜びに輝く各奏者の顔が浮かぶようだ。(ウソ)

 しかし、演奏会が始まってみれば、例えばセカンドヴァイオリンの主席のおじさんを見ると明らかにやっているようであったが、すぐとなりのヴィオラ奏者は最後まで淡々と正確に3拍子を刻んでいるように思われた。聞こえてくるリズムもバラバラである。そこにあったのは悲劇の内部分裂だったのである・・・・決断を下したはずの指揮者は一体どのような心持ちで棒を振っていたのであろうか。だが、ウィンナ・ワルツの傑作群は比類のない人類の遺産であって、そのような些細な事柄で楽しさや感動が減ずるようなものではなかったのもまた事実。私はみなさんにも、機会があれば是非、コンサートホールで聴いてみられることをおすすめしたい。

written by

山根 悟郎(やまね ごろう)
1977年京都生まれ。立命館中高出身。ヘ音記号すら満足に読めなかった中学3年の夏、音大進学を突如決意し猛ダッシュ。1997年桐朋学園大学ピアノ科入学。2001年卒。2003年秋よりブリュッセルに在住。現在は隣町ルーヴェンのレメンス音楽院に籍を置き、そこでアラン・ワイス氏(アメリカ人)に師事している。近頃は読売新聞欧州版、弦楽雑誌ストリング、あるいはコンサートのプログラム解説などへの執筆業も行っている。
サイトURL:http://www.gorodiary.com/



↑ページトップへ戻る
最新記事を読む
Borderless Music サイトトップへ戻る

 

Borderless Music Website  Copyright(C)2004 All Rights Reserved.
このサイトは、ボーダレスミュージックと株式会社fonfunが共同で運営しています。