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「萌えるベルギー」
山根悟郎のベルギー音楽事情


イントロダクション〜前書き
山根悟郎のプロフィール
 

 

ブリュッセル通信 山根悟郎

 「萌えるベルギー」山根悟郎のベルギー音楽事情 #003

-第3回:えー、椅子はどこ?
 
 この記事を読んでおられる方の中には。これからの留学を考えているという方も多いであろう。そこで、いつかきっと役立つといいな、でもあんまり役立たないかもな的トリビア発言をしてみたい。それというのはすなわちベルギーの音楽学校の設備に関するものである。それも、私の通うLという学校のピアノに関して、である(ちなみにベルギーの首都にあるブリュッセル王立音楽院の場合も状況はそれほど違わない)。

 もしかするとこれはベルギーだけの話なのかも?とも気弱に想像するのだが、実際にいくつかの学校を見てきた限り、ヨーロッパの音楽学校、その多くはここと同じようなものか少しまし程度ではないかと私は思う。いや、思いたい。・・・・お願い!(何を?)。もちろん、全室スタインウェイのグランドピアノ、あるいは防音完備という衝撃度ウルトラQの学校もある。

 そういうわけで、もしあなたがお持ちだったならば即座に捨てて頂きたいイメージというのは、日本の音楽大学のような「豪華絢爛グランドピアノ攻撃」である。私の出た東京の音楽大学では、授業料の高い私立だと言うこともあるだろうが、校舎内にずらっと並ぶ練習室、それらのほぼ全てにヤマハかカワイの小型グランドピアノが2台ずつ置いてあった。今思い出してみても、むしろアップライトピアノしかない部屋というのがそもそも稀であり、地階の10室ほどだったのではないか。

 思い出したついでに書いておくが、それでも練習室は慢性的に不足しており、午前5時過ぎより午後10時前まで、ほぼひっきりなしに全ての部屋から音が聞こえてきていた。念のため申し上げておくが、午前5時というのは誤記ではない。さすがにいきなり満室になることはないが、6時過ぎでもうアウトだったと記憶している。これはつまり、朝一の授業が始まる前に何と、数学上の厳密な計算によると、3時間半は練習出来るということになるのであった!ババーン!勤勉一筋だった私も、朝まで飲んでべろべろに酔っぱらったまま学校に行き、練習室で寝ていたことはある、とだけ申し添えておきたい。

 話を戻す。私の現在通う学校の場合、グランドピアノが置いてある部屋、頭の中で数えてみたが(以前興味本位で端から端まで探して歩いたのである)、その数は20に満たず、2台おいてある部屋に至っては付随する大小のホールを含めて5つほど。しかもどれも非常に古いピアノ、年代物ばかりだ。そしてそこにあるのは普通の教室用椅子である場合が多く、ピアノ用の、上下する椅子はあまり見あたらない。ひどい場合はだれかが何らかの必要にかられて椅子をどこぞに持ち出してしまっており、その場合は「椅子持ってきてー。ハーイ!」と独り言をいいながら隣近所の部屋を探さねばならないのであった。ただ、腐っても鯛、古くともグランドピアノであり、校内のその他の練習室はがらがらでも、さすがにこれらの部屋は使用中である場合が多い。

 それ以外の部屋に置いてあるアップライトピアノも衝撃的である。傷だらけの、見たことも聴いたこともないブランド名の楽器が並んでいる。鍵盤が戻ってこない、鍵盤の表面がめくれてしまっている、というものもある。そして調律も・・・15年ぐらい前にしたかも?というギンギンMAXなものばかりだ。ピアノの置いていない練習室も数多くある。弦楽器、管楽器などの人のため、とりあえず個室にはしてくれている、というやつだ。

 しかし考えてみれば、ベルギー人学生の払う授業料は年間たったの数百ユーロである。10万円に満たない。これだけでは当然、運営していくことだけでも困難であろう。仮に国から援助を受けているとしても、ベルギーという国自体、九州ほどの広さしかない小国なのであって、だからというわけではないが、まあ国家予算も潤沢であるわけがなく、人気が高いとは言えないクラシック音楽の学校にピアノを買うことなど、それこそままならないのではないか。

  で、私の通っているレッスン部屋にあるのは一応、ヤマハの小さなグランドピアノ1台なのだが、これも決して新しくないし、状態もいいわけではない。アラン氏(私の師事している先生)も気にいらないらしく、レッスン中に自分で弾いてみせる時、たまに「●×@&$%“#$!!」あるいは「***#$#!!」と言ったバッドワードがお口から楽器の方角に向けて発せられるのであった。

written by

山根 悟郎(やまね ごろう)
1977年京都生まれ。立命館中高出身。ヘ音記号すら満足に読めなかった中学3年の夏、音大進学を突如決意し猛ダッシュ。1997年桐朋学園大学ピアノ科入学。2001年卒。2003年秋よりブリュッセルに在住。現在は隣町ルーヴェンのレメンス音楽院に籍を置き、そこでアラン・ワイス氏(アメリカ人)に師事している。近頃は読売新聞欧州版、弦楽雑誌ストリング、あるいはコンサートのプログラム解説などへの執筆業も行っている。
サイトURL:http://www.gorodiary.com/



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